2015年04月20日
久々の日本です。
前回からだいぶ間が開いてしまいましたが、タイはソンクラーンの真っただ中だった4月14日の午後18時過ぎに、無事再び日本の地に降りる事が出来ました。
エアアジアは正直言って、コメントでアドバイス頂いた通り、本当に エアバスと言う表現がふさわしい乗り心地でした。
普段慣れた飛行機の機内サービスが無い分、タイの騒音を無くしたツアーバスに乗っているような、もしくは日本の車内販売付きの特急列車に乗っているような錯覚を覚えた気がします。
まず最初に、成田空港での入国審査の係員の方に、涙が出そうな位の感動を覚えました。
別に知人であるはずもないのに、すごく懐かしい感じがして、見ず知らずの係官の方に熱い眼差しで見つめてしまった気がします。
自分がいかに日本人との接触に飢えていたのかを思い知りました。
それからはもう、検疫の案内の係員、荷物検査の係員の方にも、その態度や振る舞いにいちいち感激してしまう始末…。
そして、入国ゲートから出た後も、お腹を空かせた子供に食べ物を…と立ち寄ったショップでの売り子さんの対応に、また感動…。
ホテルの送迎バスの運転手の対応にまた感動…と、日本に着くなり感動の嵐でした。
その後、無事にチェックインを済ませ、成田空港付近のホテルで一晩過ごし、翌朝には成田を出発して、とりあえず、長女が日本風の建物を見たいと言うので、今や日本観光のタイ人の聖地と言われる浅草に寄ってみました。
最初、特にタイ人には会わないな…と思っていたのですが、気がついたら、いつの間にか周囲からタイ語が聞こえて来ていたのですが、普段日本語よりもタイ語に慣れてしまっている私は、最初それがタイ語だと気がつきませんでした。
普通に理解できる会話が聞こえて来るのですが、脳がここが日本だとは認識しているので、周囲のタイ人が話しているのがタイ語なのか日本語なのか分からない状況になっているのでした。
まあ、すでに一週間経っても、今だに日本語の合間にタイ語が出て来てしまい、完全にちゃんぽん状態で、母と話している時などは、母はその会話の合間に出てくる意味不明な言葉を聞き流してくれるのですが、子供達が聞いていると、横でニヤニヤして見ています。
次回からは、日本での生活を書きたいと思います。
成田空港近くで迎えた第一日目の朝
エアアジアは正直言って、コメントでアドバイス頂いた通り、本当に エアバスと言う表現がふさわしい乗り心地でした。
普段慣れた飛行機の機内サービスが無い分、タイの騒音を無くしたツアーバスに乗っているような、もしくは日本の車内販売付きの特急列車に乗っているような錯覚を覚えた気がします。
まず最初に、成田空港での入国審査の係員の方に、涙が出そうな位の感動を覚えました。
別に知人であるはずもないのに、すごく懐かしい感じがして、見ず知らずの係官の方に熱い眼差しで見つめてしまった気がします。
自分がいかに日本人との接触に飢えていたのかを思い知りました。
それからはもう、検疫の案内の係員、荷物検査の係員の方にも、その態度や振る舞いにいちいち感激してしまう始末…。
そして、入国ゲートから出た後も、お腹を空かせた子供に食べ物を…と立ち寄ったショップでの売り子さんの対応に、また感動…。
ホテルの送迎バスの運転手の対応にまた感動…と、日本に着くなり感動の嵐でした。
その後、無事にチェックインを済ませ、成田空港付近のホテルで一晩過ごし、翌朝には成田を出発して、とりあえず、長女が日本風の建物を見たいと言うので、今や日本観光のタイ人の聖地と言われる浅草に寄ってみました。
最初、特にタイ人には会わないな…と思っていたのですが、気がついたら、いつの間にか周囲からタイ語が聞こえて来ていたのですが、普段日本語よりもタイ語に慣れてしまっている私は、最初それがタイ語だと気がつきませんでした。
普通に理解できる会話が聞こえて来るのですが、脳がここが日本だとは認識しているので、周囲のタイ人が話しているのがタイ語なのか日本語なのか分からない状況になっているのでした。
まあ、すでに一週間経っても、今だに日本語の合間にタイ語が出て来てしまい、完全にちゃんぽん状態で、母と話している時などは、母はその会話の合間に出てくる意味不明な言葉を聞き流してくれるのですが、子供達が聞いていると、横でニヤニヤして見ています。
次回からは、日本での生活を書きたいと思います。
成田空港近くで迎えた第一日目の朝
2015年04月13日
黒札、赤札(ใบดำใบแดง)
ソンクラーンと私たちの一時帰国を控えた昨日4月11日、我が家の長男が人生の岐路に立たされました。
…と言うと少し大袈裟ですが、タイの軍隊制度に疑問を持つ長男にとって、この満二十歳で召集される強制的な軍隊への参加、不参加は、人生の分かれ目の様に考えていたようです。
せっかく、入った大学で今必死で勉学に励んでいるところで、もしも軍隊への強制参加が決まったら、長男は中断された勉学を捨て、改めて自分の本当に好きな道を気ままに行こうと思っていたそうです。
その運命の日が昨日だったのですが、当日は朝7時から市役所の講堂に集まって、大体同年齢(勉強中や国内不在などで、年を遅らせていた人もいるので)のタイ人男子が一斉に、半裸になって身体検査を行い、身体的な問題がないか検査した後、この「黒札、赤札」のくじ引きの結果で、軍隊に強制参加させられるかどうかが決まります。
ちなみに、黒札がハズレ(つまり免除)、赤札が大当たり(つまりめでたく軍隊に参加)です。
普通、あまり自分から志願する者は少ないようですが、もし自分から志願した場合は、くじ引きで赤札を引いた場合は2年間の兵役が、半年で済むそうです。
我が家の次男は、「自分は志願して半年で済ませる。」と言っていますが、長男はもしそうするくらいなら、大学卒業まで「ポンパン(猶予)」をして、大卒でくじ引きをすれば、もし赤札が出ても1年間で済むし、黒札だったら免除だから、わざわざ志願するのはバカだよ…と言います。
まあ、どちらを選ぶかは次男本人の人生なので任せますが、しっかり者の長男はそんな危ない橋も渡りません。
実のところ、昨日の長男の無事はすでにタイのお役人の得意技で、結果は「黒札」になるように手筈は踏んでいたのです。
大事な子供の事、タイの軍隊で傷でもつけられたら溜まった物では無いですから…。
何しろ、軍隊にさえ入っていない一般市民の長男が、その軍隊のお偉いさんを訪ねた時にさえ、まるで畜生にでも命令するような口のきき方だったそうなので、もし軍隊へ入隊して訓練なんてなったらどんな仕打ちを受けるかわかった物ではありません。
とりあえず、昨日一日は長男にとってドキドキの一日でした。
さすがはタイ!と言いたくなる、美しい男子たち。
性転換して居ないうちは、男子として召集されるそうです。
でも、この男子たちが軍隊に入っても、その方が問題が多いような…。
…と言うと少し大袈裟ですが、タイの軍隊制度に疑問を持つ長男にとって、この満二十歳で召集される強制的な軍隊への参加、不参加は、人生の分かれ目の様に考えていたようです。
せっかく、入った大学で今必死で勉学に励んでいるところで、もしも軍隊への強制参加が決まったら、長男は中断された勉学を捨て、改めて自分の本当に好きな道を気ままに行こうと思っていたそうです。
その運命の日が昨日だったのですが、当日は朝7時から市役所の講堂に集まって、大体同年齢(勉強中や国内不在などで、年を遅らせていた人もいるので)のタイ人男子が一斉に、半裸になって身体検査を行い、身体的な問題がないか検査した後、この「黒札、赤札」のくじ引きの結果で、軍隊に強制参加させられるかどうかが決まります。
ちなみに、黒札がハズレ(つまり免除)、赤札が大当たり(つまりめでたく軍隊に参加)です。
普通、あまり自分から志願する者は少ないようですが、もし自分から志願した場合は、くじ引きで赤札を引いた場合は2年間の兵役が、半年で済むそうです。
我が家の次男は、「自分は志願して半年で済ませる。」と言っていますが、長男はもしそうするくらいなら、大学卒業まで「ポンパン(猶予)」をして、大卒でくじ引きをすれば、もし赤札が出ても1年間で済むし、黒札だったら免除だから、わざわざ志願するのはバカだよ…と言います。
まあ、どちらを選ぶかは次男本人の人生なので任せますが、しっかり者の長男はそんな危ない橋も渡りません。
実のところ、昨日の長男の無事はすでにタイのお役人の得意技で、結果は「黒札」になるように手筈は踏んでいたのです。
大事な子供の事、タイの軍隊で傷でもつけられたら溜まった物では無いですから…。
何しろ、軍隊にさえ入っていない一般市民の長男が、その軍隊のお偉いさんを訪ねた時にさえ、まるで畜生にでも命令するような口のきき方だったそうなので、もし軍隊へ入隊して訓練なんてなったらどんな仕打ちを受けるかわかった物ではありません。
とりあえず、昨日一日は長男にとってドキドキの一日でした。
さすがはタイ!と言いたくなる、美しい男子たち。
性転換して居ないうちは、男子として召集されるそうです。
でも、この男子たちが軍隊に入っても、その方が問題が多いような…。
2015年04月09日
4月の日本は寒い?
いよいよ、出発まで残すところ後一週間を切りました。
4月に入ってからここ数日、「日本に行かせてやるんだから、精を出して働け!」と父親(夫)から言われ続けている子供たちを先導して、毎日毎日店の片付けに明け暮れていたので、本当にいつの間にか…と言う感じです。
夫の言う通り、「行かせてやる」子供たちに仕事を与えるのも目的の一つですが、この出発前の慌ただしい時期、帰国の旅支度の前に、一日中汗にまみれてもしなくてはならない本当の理由は…?
それは留守中の店の営業が少しでも楽になるように、私しか覚えていないような商品を夫の見えるところに数個出して置いたり、商品を探した時に、そこに置いて無い物がどこにあるか分かるように、案内ボードを書いたり…と、すべては夫が店で赤字営業をしないように…と言う、その一点にあるのです。
日本に帰りたいのはもちろんですが、それ以上に留守中の店が心配な私は、ここ数日の「焼け石の上で焼かれているような」、本当に日陰に居ても焼け付くような暑さの中で店内整理をしながらの毎日を送っていました。
そうして迎えた今朝の事です。
いつも通り起きて、朝食の支度を済ませ、店を開けてから、仕事机のところで一息つきながら何気なしに友人のFacebookを見ていました。
すると、千葉に住んでいる方の近況で、「寒いと思ったら、雪が降ってる」との投稿が!
え〜〜っ!!
この時期に雪…?
三島由紀夫の小説のタイトルではないけれど、まさに『春の雪』ですね。
まあ、私が大学に入学した年も、入学式の千葉で4月10日に雪が降ったっけ…なんて事を思い出しましたが、今この焼け付くような暑さのタイに居て、朝から雪が降っているという日本の状況が想像出来ないのでした。
これで、あと数日したら私たちもその地に降り立つのかと思うと、もう緊張も極限に達しています。
この暑さから行くと、普通の4月の陽気でも肌寒く感じるのに、雪が降っているとは…?
まあ、今日行く訳ではないので、あと数日後にはもしかしたら春の陽気が戻って来るかも知れませんが。
ここに来ての寒気のぶり返しで、楽しみにしていた地元にある山頂での桜の開花にどう影響が出るか?
何とか、間に合えばいいのですが…。
まあ、とりあえずは桜の心配より、着て行く服と持って行く荷物の心配をした方が良さそうですね。
一通り店内整理も目処がついたので、明日から、本格的に一時帰国の旅支度を始めるつもりです。
4月に入ってからここ数日、「日本に行かせてやるんだから、精を出して働け!」と父親(夫)から言われ続けている子供たちを先導して、毎日毎日店の片付けに明け暮れていたので、本当にいつの間にか…と言う感じです。
夫の言う通り、「行かせてやる」子供たちに仕事を与えるのも目的の一つですが、この出発前の慌ただしい時期、帰国の旅支度の前に、一日中汗にまみれてもしなくてはならない本当の理由は…?
それは留守中の店の営業が少しでも楽になるように、私しか覚えていないような商品を夫の見えるところに数個出して置いたり、商品を探した時に、そこに置いて無い物がどこにあるか分かるように、案内ボードを書いたり…と、すべては夫が店で赤字営業をしないように…と言う、その一点にあるのです。
日本に帰りたいのはもちろんですが、それ以上に留守中の店が心配な私は、ここ数日の「焼け石の上で焼かれているような」、本当に日陰に居ても焼け付くような暑さの中で店内整理をしながらの毎日を送っていました。
そうして迎えた今朝の事です。
いつも通り起きて、朝食の支度を済ませ、店を開けてから、仕事机のところで一息つきながら何気なしに友人のFacebookを見ていました。
すると、千葉に住んでいる方の近況で、「寒いと思ったら、雪が降ってる」との投稿が!
え〜〜っ!!
この時期に雪…?
三島由紀夫の小説のタイトルではないけれど、まさに『春の雪』ですね。
まあ、私が大学に入学した年も、入学式の千葉で4月10日に雪が降ったっけ…なんて事を思い出しましたが、今この焼け付くような暑さのタイに居て、朝から雪が降っているという日本の状況が想像出来ないのでした。
これで、あと数日したら私たちもその地に降り立つのかと思うと、もう緊張も極限に達しています。
この暑さから行くと、普通の4月の陽気でも肌寒く感じるのに、雪が降っているとは…?
まあ、今日行く訳ではないので、あと数日後にはもしかしたら春の陽気が戻って来るかも知れませんが。
ここに来ての寒気のぶり返しで、楽しみにしていた地元にある山頂での桜の開花にどう影響が出るか?
何とか、間に合えばいいのですが…。
まあ、とりあえずは桜の心配より、着て行く服と持って行く荷物の心配をした方が良さそうですね。
一通り店内整理も目処がついたので、明日から、本格的に一時帰国の旅支度を始めるつもりです。
2015年04月05日
国際免許証、再取得完了。
先日、前回の記事の中のコメントで指摘頂いた、タイ国際免許証の再取得に行ってきました。
まず、本来はこれが基本的に「タイ人のための海外用免許証」だと言う基本前提を理解する必要があったのです。
すでに2年前に取得した経験があるものの、普通の人より更に記憶喪失気味の私は、そういう必要書類などもメモして置かないと、新しい事が入って来るたびに順番に忘れてしまうのです。
そのため、今回も「必要書類は何だったっけ…?」とボケていたため、隣に居合わせた長女に頼んで、ネットで調べてもらいました。
1、タイの現行の運転免許証。
2、パスポートの写真、氏名のページのコピー1部。
(念のため、パスポートの滞在許可が載っているページのコピーも添付)
3、写真(縦横2インチ)2枚。(服装に注意!2年前私自身は外出着だと思っていたTシャツで撮った写真を持って行ったらNGで、撮り直しで後日改めて申請し直しでした。理由は「マイスパープ(礼を欠く服装だから?…だそうです。)」)
4、住所を証明する書類。(タイ人の場合は免許の裏面に記入されている住所でOK。)
と、これで、今回はコピーも家で撮って完璧に用意したつもりだったのですが…。
これは、あくまでタイ人向けの書類だったそうで、私のような「外国人」は、4、の住所を証明するのが免許ではダメで、別に住所を証明する書類が必要なんだとか…。
何だか、難癖をつけられているだけのような気がしなくも無かったのですが、ここでゴネで印象を悪くしても、相手はタイのお役所様なので、私には百害有って一利無し…。
一応、免許証の裏面を見せて、「自分はこれで住所の証明になると思ってたんですが…。」と気持ち無駄な抗議をしてみたものの、お役人のお姉様に「ああ、それはあなたが外国人だからよ。タイ人だったらそれでやってあげるんだけど、あなたが外国人だから、市役所で住所証明を発行してもらってから来なさい。」
と、抗議も虚しくサラッと拒否されたのでした。
と、ここで2年前なら、「ちぇっ、今日はもう嫌になったから、後日気を取り直したら出直そう…。」と、半分ヤケになって、もう取らなくてもいいや…くらいの気持ちになっていたのですが、今回は少し図太くなったのか、「そうか、そっちがその気なら、意地でも今日中に取得してやる!」と別の意味でヤケになって、そのまま車を飛ばして30分。
陸運局のある県中心部から30km離れた自宅に戻り、急いで予め持っていた外国人用戸籍謄本をコピー(最初から持って行けば良かったのですが、免許で済むと高をくくっていたので。)して、そのままとんぼ返りで、往復一時間足らずで陸運局まで戻りました。
そして、その日は長女の卒業式のため、長女を送るため早めに着いていたので、この往復一時間を入れても、午前11時頃には申請が終わり、午後2時に受け取りを指定されて、午後まで買い物で時間を潰し、午後2時過ぎに無事新しい国際免許証を受領しました。
皆様にご心配頂いた、国際免許証の不正はもちろん行いませんでした。
左が2年前に取得した免許証。右が今年改めて取得した免許証。
まだ、3を5に直せば…なんて思ってしまうのは、発想がタイ人化した証拠なんでしょうね。
2年前に「マイスパープ!」と却下され、後日撮り直したときとまったく同じ白シャツで、今年も撮影しました。
この白シャツは、この2年間、この写真撮影のために2回着用したきりです。(普段は仕事着なので、絶対に着ない。)
2年前撮ったときも写真の規定サイズが2インチなのは同じですが、撮った人の感覚で今回は全体的に小さめに写ってますが、問題ありません。
写真の枠のサイズが合っていれば構わないようです。こういうアバウトなところが、さすがタイのお役所。
実は、写真の撮り方のせいだけではなく、本人もこの2年間の努力で少しサイズダウンしました。
とは言え、肝心の写真の中の対象の大きさがすでに違っているので、あまり分かりませんが…。
まず、本来はこれが基本的に「タイ人のための海外用免許証」だと言う基本前提を理解する必要があったのです。
すでに2年前に取得した経験があるものの、普通の人より更に記憶喪失気味の私は、そういう必要書類などもメモして置かないと、新しい事が入って来るたびに順番に忘れてしまうのです。
そのため、今回も「必要書類は何だったっけ…?」とボケていたため、隣に居合わせた長女に頼んで、ネットで調べてもらいました。
1、タイの現行の運転免許証。
2、パスポートの写真、氏名のページのコピー1部。
(念のため、パスポートの滞在許可が載っているページのコピーも添付)
3、写真(縦横2インチ)2枚。(服装に注意!2年前私自身は外出着だと思っていたTシャツで撮った写真を持って行ったらNGで、撮り直しで後日改めて申請し直しでした。理由は「マイスパープ(礼を欠く服装だから?…だそうです。)」)
4、住所を証明する書類。(タイ人の場合は免許の裏面に記入されている住所でOK。)
と、これで、今回はコピーも家で撮って完璧に用意したつもりだったのですが…。
これは、あくまでタイ人向けの書類だったそうで、私のような「外国人」は、4、の住所を証明するのが免許ではダメで、別に住所を証明する書類が必要なんだとか…。
何だか、難癖をつけられているだけのような気がしなくも無かったのですが、ここでゴネで印象を悪くしても、相手はタイのお役所様なので、私には百害有って一利無し…。
一応、免許証の裏面を見せて、「自分はこれで住所の証明になると思ってたんですが…。」と気持ち無駄な抗議をしてみたものの、お役人のお姉様に「ああ、それはあなたが外国人だからよ。タイ人だったらそれでやってあげるんだけど、あなたが外国人だから、市役所で住所証明を発行してもらってから来なさい。」
と、抗議も虚しくサラッと拒否されたのでした。
と、ここで2年前なら、「ちぇっ、今日はもう嫌になったから、後日気を取り直したら出直そう…。」と、半分ヤケになって、もう取らなくてもいいや…くらいの気持ちになっていたのですが、今回は少し図太くなったのか、「そうか、そっちがその気なら、意地でも今日中に取得してやる!」と別の意味でヤケになって、そのまま車を飛ばして30分。
陸運局のある県中心部から30km離れた自宅に戻り、急いで予め持っていた外国人用戸籍謄本をコピー(最初から持って行けば良かったのですが、免許で済むと高をくくっていたので。)して、そのままとんぼ返りで、往復一時間足らずで陸運局まで戻りました。
そして、その日は長女の卒業式のため、長女を送るため早めに着いていたので、この往復一時間を入れても、午前11時頃には申請が終わり、午後2時に受け取りを指定されて、午後まで買い物で時間を潰し、午後2時過ぎに無事新しい国際免許証を受領しました。
皆様にご心配頂いた、国際免許証の不正はもちろん行いませんでした。
左が2年前に取得した免許証。右が今年改めて取得した免許証。
まだ、3を5に直せば…なんて思ってしまうのは、発想がタイ人化した証拠なんでしょうね。
2年前に「マイスパープ!」と却下され、後日撮り直したときとまったく同じ白シャツで、今年も撮影しました。
この白シャツは、この2年間、この写真撮影のために2回着用したきりです。(普段は仕事着なので、絶対に着ない。)
2年前撮ったときも写真の規定サイズが2インチなのは同じですが、撮った人の感覚で今回は全体的に小さめに写ってますが、問題ありません。
写真の枠のサイズが合っていれば構わないようです。こういうアバウトなところが、さすがタイのお役所。
実は、写真の撮り方のせいだけではなく、本人もこの2年間の努力で少しサイズダウンしました。
とは言え、肝心の写真の中の対象の大きさがすでに違っているので、あまり分かりませんが…。